『透明な夜の香り』唯一無二の香りを作る調香師と記憶を消した女性の物語

本の紹介

人には視覚、聴覚、味覚、触覚、嗅覚の五感が備わっている。それは生きる上での情報や生命の危機をキャッチする重要なセンサーとして、欠かすことの出来ない役割を果たします。

その中でも、香り(嗅覚)は永遠に記憶に残ると言われています。

幼い頃に嗅いだことのある草花の香り、お母さんがキッチンに立つと漂ってくる料理の香り、昔に付き合っていた人が付けていた香水の香り。

普段は忘れていても、嗅いだ瞬間に当時の記憶が蘇ると言った事は、誰もが経験した事あるのではなでしょうか。

千早茜さんの『透明な夜の香り』は、五感の一つにある嗅覚(香り・匂い)をテーマに作られ、抽象的なイメージで捉えられがちな『香り』を、豊かにそして具体的に表現された物語です。

※ネタバレなしを心がけています。結末や考察は、読者の方ご自身で楽しんで頂きたいと思っておりますので、出来るだけネタバレしないように書いています。ご覧になられた方で、ご期待に沿えない場合があるかもしれませんが、ご理解いただけますと幸いです。

内容説明(裏表紙より)

元・書店員の一香は、古い洋館の家事手伝いのアルバイトを始める。

そこでは調香師の小川朔が、幼馴染の探偵・新城とともに、客の望む「香り」を作っていた。

どんな香りも作り出せる朔のもとには、風変わりな依頼が次々と届けられる。

一香は、人並外れた嗅覚を持つ朔が、それゆえに深い孤独を抱えていることに気が付き・・・

香りにまつわる新たな知覚の扉が開く、ドラマチックな長編小説。

本の要約が読み放題!本の要約flier(フライヤー)

主な当時人物

小川 朔(おがわ さく)

どんな香りでも作り出せる調香師。人並外れた嗅覚で、一瞬にして疲労や体調不良、焦りや落ち着き、嘘など体から発せられる匂いから見抜く事ができる。

若宮 一香(わかみや いちか)

書店で働いていたが、精神的な要因で退職した後、引きこもり生活を送っている。一香には、消してしまった辛い過去があった。

新城(しんじょう)

探偵を生業とする側で、調香師の小川朔をサポートしている。誰よりも小川朔の事を理解している人物。

源次郎(げんじろう)

洋館の庭に植えてある花やミントを管理している。

こんな人に読んでほしい

アロマやフレグランスに関心がある人。

爽やかな恋愛小説が好きな人。

辛い過去に向き合えない人。

注目ポイント

天才と称される調香師

小川朔は人並み外れてた嗅覚を生まれながらに持っている。潮風の匂い、草花の匂い、人の汗の匂いなど敏感な人なら感じやすい事は当然ながら、朔の嗅覚はさらに想像の上をゆく。

人体で言うならば、緊張した時や嘘を付いている時に出る汗の臭いで、相手の心情を読み取ることが出来る。相手の疾患や悪い臓器も言い当ててしまう。

庭に植えてある花が開く瞬間や枯れる前も匂いでわかり、数日前から天候や台風などを、どこの天気情報よりも正確に鋭い嗅覚から言い当ててしまう。

人並み以上に嗅覚が優れた朔には、各界の著名人から仕事の依頼が舞い込んできた。

それらは全て「その人だけのオーダーメイドの香りを作る事」だった。

本の要約が読み放題!本の要約flier(フライヤー)

天才の苦しみ

どんな特殊な香りでも天才的な嗅覚を持つ朔は、相手の望み通りの香りを作り上げるのである。

しかし、天才だからこその苦悩もあった。それは「孤独」であること。

異常なまでの嗅覚を持つと、人ごみの中を歩くだけでも「匂いがうるさい」と感じてしまう。すれ違う人々の汗の匂いや香水の香り、柔軟剤や化粧品の香りなど、様々な匂いが情報として頭に入ってくるため疲れてしまうのだ。

だから、朔は決まった人と行動を共にし、出来るだけ外出や外食は控えている。

生まれながらにして、異常な嗅覚を持ち合わせる事で「天才」と称されるが、その反面に「孤独」と向き合う朔は、それが自分の生き方で特別な事ではないと思っている。

しかし、性格も香りも主張をしない一香と出逢う事で、最後に朔は本当の自分に気づく。

本の要約が読み放題!本の要約flier(フライヤー)

香りは永遠に記憶される

「香りは脳の海馬に直接届いて、永遠に記憶されるから」

小川朔を訪れる依頼者は、過去の記憶に縋る思いで香りの調合を依頼しに来る。乗り越えれない辛い気持ちを紛らわせるため、大切な人に希望を持たせるため、自分の欲を抑えるためなど様々な思いで訪れる。

その様な依頼は、今の自分を少しでもプラスに動かすために、その人には必要な香りだった。

朔も依頼者が必要とすればどんな香りも作りだした。あくまでも、、、必要とすれば。

香りを作った後にその香りを受け取るかどうかは依頼者の判断に委ねる。

その理由は、縋る思いが度を超えて自分を制御できずに、超えてはならない一線を超えてしまうケースもあるからである。

その危険を知りつつも朔は依頼された香りを作り続ける。

そんな中、依頼されてもいない香りを作った。それは一香が記憶から消していた香りである。

一香には、辛く苦しんだ過去があったのだった。それを知った小川朔は一香から聞いた話をイメージして香りを作る。

その後、朔が再現した香りによって一香が思い出した事とは。辛く苦しむことで、無意識のうちに消してしまっていた過去とは、、、

本の要約が読み放題!本の要約flier(フライヤー)

変わること

本作のテーマは「嗅覚・香り・匂い」だが、もう一つのテーマがあるとしたら「変化」だと思う。

小川朔は変化を嫌ってた。今までは選択や判断を他人に委ねてきたが、自分自身の変化に気づき始めてからは、自分のために選択をするようになる。

一香が朔のもとで働くことになったのも、心の傷を抱え変化を拒んでいたから。それを出会った時から見抜いていた朔は一香を受け入れた。

しかし一香も少しずつ変化していく。新たな環境で働き、朔の人柄と香りに癒されることで、辛い過去も次第に受け入れる様になってくる。

そんな一香の変化を見て、小川朔はある決断をする。

一香と小川朔の間で何が起こったのか、、、朔の決断とは。そして、一香の消してしまっていた過去とは。

最後に朔はこんな事を言う。

「あなたがいなくなってから紅茶の味が違う。香りは変わらないのに」

この綺麗すぎる言葉を見て、この小説は恋愛小説でもあったんだと再認識させられました。

本の要約が読み放題!本の要約flier(フライヤー)

感想

香りをテーマにした小説を読むのは初めてだったので、とても新鮮で面白く読まさせてもらいました。

天才と孤独と言うのは、小説の設定としてはありきたりのようにも感じますが、物語の組み立てと豊かな表現によって、退屈に感じさせないのは千早茜さんの素晴らしいところだと思いました。

ハーブや花に囲まれた洋館で繰り広げられる物語は、静寂の中に幻想的な世界が広がっており、踏み入れたことのない世界に落とされた様な感覚になります。

一香が初めて洋館に入った時も、異空間に来たように感じたんじゃないでしょうか。

季節が変わるのと同じように、朔も一香も変化を受け入れ新たなスタートをきる。

そんな二人の今後が気になります。

コメント

タイトルとURLをコピーしました